バリウムおじさんとザイアンス効果

心理学

 バリウムを飲む年齢になってしまった。

 おじさんは何故かバリウムの話をする。何故だろうか。若い頃、幾度となくおじさん(時にはおばさん)からバリウムの話を聞いた。うんざりだ。何故おじさんはバリウムの話をするのか。若者にバリウムの話をしたらお得なTポイントでも貰えるのか。そう思っていたが、自分もバリウムを飲む年齢になってしまった。

 バリウムの話をする。

 バリウムの話というよりも、正確には消化器検診の話だ。消化器検診ではX線を使って胃の中をみる。その際にバリウムと発泡剤を飲む。何のためかはよくわからないが、とにかく飲むのだ。

 まずは、発泡剤を飲む。発泡剤は謎の顆粒だ。特に説明もなく飲まされる。飲むとぶくぶく胃が膨張する。ダイエットペプシを一気飲みした後のような感じだ。ゲップが出そうになる。心を読まれたのか、看護師と思われる人から「ゲップは我慢してくださいね」と言われる。

 「はい」と返事をするが、混乱する。ゲップが出そうだ。ゲップが出る薬を飲ませておいて、ゲップをするなとは一体どういうことなのだ。ダブルバインドではないか。ゲップをしてもしなくても怒られる。いや、ゲップをしなければ怒られないのでダブルバインドではない。混乱している。

 「ゲフッ」混乱のあまりゲップが出る。

 「あ、すいません」とテヘペロリンコしてみるが「ゲップは我慢してくださいね」と真顔で注意を受ける。情けない気持ちになり、「ゴフッ」ともうひとゲップ。冷たい目をされる。ゲップが出る薬を飲ませたのはそちらだ。あんまりではないか。ゲップを怒られるために30年も生きてきたのではない。

 バリウムの話をしたかったのにゲップの話になってしまった。

 発泡剤を飲み直した後、いよいよバリウムを飲む。バリウムは謎の白い液体だ。妙にドロドロしており、気持ちが悪い。明らかに飲み物ではないものを飲んでいる感じがする。

 発泡剤、バリウム。よくわからない物質を連続で飲まされる。これが飲めるのは社会への信頼感である。看護師さんから渡されたものは大体安全である、と信頼している。もし、よくわからない人から渡されていたら、私は絶対に飲まない自信がある。信頼感と安心感があるから飲めるのだ。

 虐待を受けてきた子ども達の中には偏食の子が多い。自閉症の子もそうだ。舌の感覚が過敏ということもあるだろうが、新しいものに対する安心感のなさもある。未知の食べ物にチャレンジするには信頼と安心が必要だ。バリウムを飲みながら、偏食の子どもに思いをはせる人は私だけではないことを祈る。

 もしかすると、おじさんが若者にバリウムの話をするのは、バリウムに対する敷居を下げるためだったのかもしれない。単純接触の原理である。何度も繰り返し接触したものには、関心や好感度が高まる。消化器検査をしたことがなくても、バリウムの存在を知っている人は多いのではないか。事前に存在を認知しておくことで、バリウムへの信頼と安心が積み重なる。そうして何とかバリウムを飲み干せるのだ。そう思うと数多のおじさん達に感謝の念が湧く

 早速職場の若者にバリウムの話をする。Tポイントは貯まらない。

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