マジレスするチンアナゴ

心理学

「仕事と私、どっちが大事なの?」

 仕事一筋という方はパートナーに一度は言われたことのあるセリフかもしれない。背筋が一瞬にしてチンアナゴのように伸びる恐ろしい質問だ。どのように答えるのが正解だろうか。ネットで模範解答を探してみた。「どちらも大切に決まっている」「比べられるようなものではない」「あなたを大切にするために仕事を頑張っているんだよ」。何となく理屈は通っているようだけど、これらは一体どうなんだろう。考えてみたい。

「どうしてもうあえないの?」

これは、私が4才の男の子に言われた忘れられない一言だ。

 心理士として初めての職場で出会った男の子で、親から虐待を受けて児童養護施設で生活をしていた。彼との出会いや経過は省略するが、一年近くプレイセラピー(遊びを通して行う心理療法の一種)を行ない、関係を築いていた。ところが私が転職することになり、お別れをすることになったのだ。

 転職の2ヶ月前に、彼にはお別れになることを伝えた。彼は「どうして?」と質問してきて、私は他の職場に移ることを彼にわかる言葉で説明をした。彼はなんともいえない表情でただ黙って私の説明を聞いていた。その後、彼は私に会うたびに「どうして?」と聞き、そのたびに私は理由を説明し、彼のなんともいえない表情を眺めた。そんなやりとりが3~4回続いた。

 そしていよいよ最後の日、彼は同じように「どうしてもうあえないの?」と聞いてきた。私は半ばうんざりして、もう一度説明をしようと思ったが、彼の表情を見て〈さみしくなるね〉と思わず言葉にしていた。彼は涙を流して「どうして?どうして?」と私の足にしがみついた。しばらくなだめていたがどうしても落ち着かず、最終的に施設の職員さんが無理やり彼を引き剥がし、グチャグチャの別れとなった。

 後になって振り返ると、彼の「どうして?」は理由を説明して欲しかったのではなく、どうしようもない寂しさや、見捨てて去っていく私への怒りを表現していたのだろうと思う。初めからそれをキャッチして言語化してあげられていたら。2ヶ月間かけてもう少し整理することもできたかもしれない。そう思うと、彼のなんともいえない顔が思い出されて、今でも胸がキュッと苦しくなる。

 質問には色々な思いがこもっている。「なんでそんなこと言ったの?」「仕事と私どっちが大切なの?」「どうしてもうあえないの?」。人は直接表現できない気持ちを、質問という形で表現する事がある。質問に答えることも勿論大切だが、同時に、その背景に潜む思いを考えることも大切である。そうした思いこそ、その人にとって本当に大事な気持ちなのだ。「この質問にはどういう意図があったのだろうか」そのように考えることを忘れずにいたい。彼が教えてくれたことである。

 冒頭の「仕事と私、どっちが大事なの?」という質問について。ここまで読んでくださった方は、もう何となくわかってきたかもしれない。大切なのはその質問にどんな気持ちがこもっているか、ということである。このセリフを言われた皆さんは、もう一度胸に手を当て考えてみてもらいたい。

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