退屈なきつい靴

日常

新しい革靴を買った

 革靴が好きだ。コツコツコツと、渋い音を鳴らしながら廊下を歩きたい。できる男感があっていとおかしだ。ところが、以前まで履いていた革靴はボロボロになってしまった。施設の子ども達とサッカーをしたからである。

 施設の子ども達に誘われた私は、運動靴が見当たらなかったのだ。ええいままよと革靴を履いて颯爽とグラウンドに躍り出た。革靴で砂煙の中を走る。革靴でボールを蹴る。革靴でスライディングをする。そんな様子を見て、中高年のお姉様方からは「キャーキャー」と黄色い声が上がった。今思えば革靴を心配していたのだろう。モテ期が来た訳ではなかった。

 そんな訳で、新しい革靴を買った。朝、ワクワクしながら玄関へ行く。新しい靴を履いて出かける時、どこか気分が高揚している。いつもの道もきらめいて見える。一歩一歩。靴底の感覚を味わいながら、優雅に道を行くのだ。コツコツコツと。

 ところがカカトが入らない。ドスンと無理やり踏みしめれば、あるいは入るような気もするが、カカトのヘリが内側に折れてしまいそうで怖い。おかしい。お店で買った時はジャストフィットだったはずだ。あの時と何が違うんだろうか。靴べらだ。お店では靴べらを使って履いた。我が家には靴べらがない。

 何か代わりになるものはないか。周りを見渡すが、ない。思い立って人差し指を靴べら代わりに入れてみる。これがナイスアイデアで、今まで入る気配のなかったカカトが、私の指と共にするりと靴に吸い込まれる。なるほど。靴べらを発明した人は天才である。人差し指で代用した私はその次に天才だ。

 だが、今度は指が抜けない。カカトと靴に挟まれて人差し指が抜けない。足はきちんと収まっているし、これはこれで、このまま出勤するという選択肢も頭をよぎる。0.02秒でカバンが持てないことに気がつき諦める。このままでは人差し指が圧死する。

 えいや、と思いっきり指を引っ張る。ズズズポン、と指が抜ける。同時にカカトも抜ける。ふりだしに戻る。私は一体何をやっているのだ。貴重な出勤前の時間に、靴にカカトや指を入れたり抜いたりしているだけで5分も経っている。

 結局、コンコンコンと地面を蹴りながら、半ば強引にカカトを入れる。乱暴に靴紐を結び、駅に向かって走りだす。冗談ではない。こんなことで遅刻はできない。理由を聞かれて「革靴が履けなくて」なんて言えるわけがない。一心不乱に駅まで走る。優雅に道は歩けない。靴擦れが痛い。

 いつもより一本遅い電車に何とか滑り込む。電車を降りた後も職場に向かって走る。始業まであと2分のところでなんとか職場に辿り着いた。あとはスリッパに履き替えて、タイムカードを切るだけである。スルスルと優雅に靴紐をほどく。

 脱げない。

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