動かざること山の如し

心理学

 子どもとの関わりは一筋縄ではいかない。

 ある子どもにうまくいった対応が他の子どもには全く通じない。そういったことばかりだ。常に手持ちのカードを確認し、目の前の子どもに、目の前の状況に、どのようなカードが合いそうかを考える必要がある。

 手持ちのカードを常にブラッシュアップし続け、新しいカードを入荷し、古いカードを捨て、そんな風に臨床を続けている。トレーディングカードよろしく心理士の仲間とカードのトレードができたらどんなにいいだろうか。欲しいカードばかりである。

 この度は、私の手持ちの中で好きなカードを一枚紹介したい。

『動かざること山の如し』 

学生時代に小学校での実習で拾ったカードだ。

 私の担当していた小2男児は、授業中教室に居られず、しょっちゅう抜け出していた。私が慌てて追いかけると、楽しそうに走って逃げていく。校内鬼ごっこの開始である。彼は齢(よわい)7歳にして校内の作りを熟知しており、縦横無尽い駆け回る。一方こちらは大人である。彼には搭載されていない様々ブレーキがついている。追いつけるわけもなく見失う。

 学校中を探しまわり、見つけた途端にまた逃げていく。この繰り返しだ。私は走って追いかけるのをやめることにした。何か作戦があったわけではなく、単純に疲れたからである。これが効を奏した。歩いて彼に近づく私から、初め彼は同じように走って逃げていた。だが、私が追いかけてこないことに気がつくと、彼もスピードを緩め、走ることは無くなった。そしてゆったりと図書室へ入り、彼の好きな本の話をしてくれた。少し繋がることができた感覚を持つことができたのである。

 私が走って追いかけることが、追いかけっこという楽しい遊び(報酬)になり、彼の逃げる行動を強化していた。かもしれない。私が走って追いかけることが、彼にとっては侵襲的で恐怖を感じていた、だから逃げた。かもしれない。色々な見立てができるが、ともかく「動かざること山の如し」どっしりと構えて待つことが彼にとっては有効だった。

 こうした追いかけっこは、子どもとの関係を作るときによく現れる。それは、物理的な体を使った追いかけっこではなく、心の追いかけっこである。グッと心の距離が近づくと、ピョーンと逃げる子どもがいる。追いかけようとすると更に逃げ、逸脱行動を繰り返す。

 そんな時も「動かざること山の如し」どっしりと構えて待てば良い。相手が近寄ってきたら存分に受け止めてあげる。相手が距離を置いてきたら、そのことを尊重し、見守る。相手を信じ、相手にとって侵襲的にならない心地よい距離感を作っていく。相手が一時離れたからといって慌てることはないし、追いかけていくと逃げられてしまう。深みにはまっていくこともある。

 「動かざること山の如し」

 焦った時ほど、心の中で唱えるようにしている。私の好きなカードだ。初めにも言ったが、私はまだまだ色々なカードを集めている途中である。古いカードは捨てることもあるが、このカードだけは捨てられない、ブルーアイズホワイトドラゴンなのである。

コメント

タイトルとURLをコピーしました