知らぬ存ぜぬ虫も殺せぬ

日常

 深夜のトイレにクモが出た。ギョッとするような大きさでもないが、見過ごすような小ささでもない。寝ぼけていたのもあって、ただボーッと眺め「どうか妻に見つからないうちにお逃げ」と祈りながらベッドに戻る。千尋を逃すハクの気持ちだ。

 家に出る虫の、その息の根を止めることに抵抗がある。といっても善人ぶるつもりはない。今日も動植物の命を食べて生きているし、黒くてカサカサしたアイツが出ればアース製薬の力を借りて退治する。どうやらもう天国には行けそうもない。今さら虫の命をどれだけ奪おうと同じじゃないかとも思うけれど、理不尽な殺生はどうも気が引ける。

 人は何故、家に迷い込んだ虫を潰してしまうのだろうか。これが子猫ちゃんだったらどうか。優しく抱えて外に逃し、頭の一つでも撫でてやるのではないか。少なくともティッシュに包んでゴミ箱に捨てるなんてできないはずだ。物理的にもできない。

 思うに怖いのだ。虫のあの得体の知れないフォルム。異常な脚力。衛生観念のなさ。コミュニケーションの取れなさ。全てが人の恐怖心を掻き立てる。実際には猛獣のように人に危害を与える存在ではない、恐れる必要はないはずだ(蚊は除く。痒いから)。だが未知のものは恐ろしい、力で潰せるのなら潰してしまった方が楽だ。

 人間社会も似たようなことが起きる。立場の弱い者に対しては、救うよりも訴えを潰してしまう方が簡単だ。自分と違うものを理解するのは難しいし、なんだかよくわからないから怖い。力で潰せるのなら潰してしまえ、と。それはとても悲しい。

 他者を理解し支援するには未知の恐怖に立ち向かう強さが必要だ。そう思い、今日もリビングの羽虫を見逃す。その心の余裕が良い支援を生み出すと信じているからである。あと虫に触るの超怖いし。

 そして羽虫ちゃんが妻に見つからないことを祈る。妻の指令を受けた時、私は非常な殺虫マシンと変わるのだ。結局妻が一番怖い。という話。このブログを妻に読まれるのも怖い。

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